初音ミクとアイドルダンス論
今回の記事は、前からあたためていたテーマ、
ずばり"初音ミクとアイドルダンス"です。
数年ほど前、アイドルの経済効果と社会学的意味に着目が集まり、一時はアイドル論がたくさん出ましたね。
わたしはこういったあだ花やバズワードにはあまり関心がありません。
しかし、どうしてもアイドル論と重なる領域で、書かずにはいられない、自分で説明せずにはいられない問いがありました。
それはーー。
「どうして初音ミクのダンスは、
あんなに上手でカワイイのだろう」
これです。(すみません。思わず最大強調してしまいました。)
初音ミクファンならば、一度は抱く「問い=感動」ではないでしょうか。
そう。カワイイだけじゃなく、ちゃんとダンスになっていて、しかも超上手いのです。
「いや、CGだから上手くて当たり前でしょ」
と思ったあなた。ダンスCGを探してみてください。
アイドルマスターや、プリキュアのエンディングくらいしか見つからないはずですし、実際に生のライブで見るには不十分な作り込みのはずです。(そのため、今回は、CGによるアイドルダンスを、初音ミクなどボカロによるライブパフォーマンスを想定しています。アニメなどは入れていません。)
そもそもダンスは、CGでつくるものじゃないのです。
ダンスは人間が踊った方が手軽でサマになる。CGに踊らせるのは難しいし超めんどくさい。CGダンスが少ないのも納得です。
だから、CGダンスがカワイイなんて、「ありえない」「おかしい」ことだったにちがいない。ゲームの中でちょっとしたダンスの演出があり、それもややぎこちないポリゴンダンスーーそのあたり関の山だったにちがいないのです。
そう考えると、初音ミクのダンスの進歩は不思議ではありませんか?
ディズニー映画のミュージカル&ダンスシーンよりも、はるかに「踊っている」感じがするだけでなく、「ライブ」で「アイドルダンス」ですよね。
ディズニーのようにCGを作り込んだだけでは、あんなに素晴らしいダンスになるはずがない。「ありえないこと」なんです。
しかしながら、初音ミクを踊らせる必要が出て、踊らせてみると、ありえないことが起きた。何か理由があって、革命的なことが起きた。
つまり、初音ミクのダンスには、
「ダンスの本質をとらえた特別な何か」
があるはずなのです。
というわけで、今回の記事では初音ミクダンスの謎に迫ろうと思うのですが、そもそもミクのダンスはどこに位置付けられるのか、という話からしたいと思います。
《初音ミクダンスの位置付け》
まず結論から申しましょう。
それは、(当然かもしれませんが)「アイドルダンス」です。
アイドルダンスには、竹中夏海さんの『IDOL DANCE!!!: 歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい』の枠組を借りると、次の2つの特徴があります。
- 歌詞を振り付けで表現している
- 振付のコピーを意識している
初音ミクダンスは、基本的に歌詞の内容を表現しつつ踊っています。また、「踊ってみた」等の投稿による「振りコピ」が多いことからも、この2つのアイドルダンスの特徴を満たしているといえるでしょう。ポッピンダンスやジャズダンスとは異なり、ダンスそのものが表現目的となっていません。こういったことからも、初音ミクのダンスは「アイドルダンス」と言ってよさそうです。
さて、上記のアイドルダンスの定義、なるほどその通りと思うのですが、ここには抜け落ちている視点があります。
それは、「この2つができたからといって、ダンスとはいえない」ということです。
《「踊ってみた」はダンスなのか》
現在、人気となっているアイドルダンスのコンテンツには、アイドルの「ライブ」や「ミュージックビデオ」の他にも、「アイドルMVのダンスバージョン」や「踊ってみた」等があります。
多くの愛好者がいますが、しかしながら、竹中夏海さんも指摘しているように、ダンスを専門的にやっている人はアイドルダンスを本格的なダンスとして評価してきませんでした。
おそらく本格的にダンスをやっている人にとって、アイドルダンスはやたら張り切ってぴょんぴょんしているのでリズムがないように見え、手足をバタバタさせていることも、騒々しいとしか目に映らないものなのでしょう。フォーメーション移動して、歌詞に合わせて振り付けしていたとしても、それは世界観先行で、どうしてもダンスに見えない。そういった批判を持つのかもしれません。
もちろん、「踊ってみた」にも一所懸命やっている人はたくさんいます。難しい踊りに挑戦したい人もいるでしょうから、熱心なファンからは「本格的なダンスでないとは何事だ」と反論があるかもしれません。
しかしながら、アイドルダンスで追及される難しいダンスとは、先述の2つの特徴に限定されてしまう傾向があります。つまり「コピーの難しさ」に限定されがちなのです。実際、「振り付けのパターン数の多さ、細かさ」を努力価値として受け止める踊り手が多いと言えるのではないでしょうか。
アイドルダンスはそもそも「アイドル性」に中心軸があり、「ダンス」はおまけに過ぎない、それゆえに、簡単だけど面白い振り付けを考えることに本質をあえて置いているーーそう割り切って特徴づけすることも可能かもしれません。
しかしながらそう言われてもなお、
「アイドルダンスで、きちんとダンスする」
ことはできないのか、疑問が残ります。
さて、そこで初音ミクダンスです。実は「アイドルダンスで踊る」この典型例が、何を隠そう初音ミクダンスに他なりません。
では、初音ミクダンスの特徴はどこにあるのでしょうか。
《初音ミクダンスの特徴》
私は進化し続ける初音ミクのダンスに衝撃を受けました。
日本のアイドルの中でもとりわけ上手いだけでなく、ダンスとしても無類の表現力を持っている、そう思って釘付けになったのです。
稲妻のように素早く動き、軸がぶれずにキレキレ・キメキメのダンスを繰り広げる。軽やかで重力を感じさせず、スタイルは線が細く完璧。そして振り付けの完成度が高い。世界観や演出も合わさり、素晴らしいエンターテイメントになっています。
初音ミクダンスを見ながら、「踊っている 」と感じさせることに成功しているのはどうしてか、そしていったいどの要素が一番重要なのか考えていました。
ここ1年ほど、ポッピンダンス、ストリートダンス、ハウス、アイドルダンス、ジャズダンス、クラシックダンスなどを動画をあさり、ギエムを観に行ったりして考えたことがあります。
緩急合わせた動き、体のコントロール能力、身体を抽象的なイメージにできる表現能力などなど、ダンスの要素があると思うのですが、思い切って、たったひとつに絞ってみます。アイドルダンスをダンスたらしめるもの、それはーー。
「腰を使えていること」
これに尽きるのではないかと。
そうです。初音ミクは、「腰を使えている」から、ダンスなのです。
腰を使うためには、上半身・胴体のバランスがよく、重心が取れている必要がある。必然的に胴体に落ち着きと表現力が出てくるのです。そして、色気というか、魅力というか、生命感が急に出てくるのです。身体の熱量が生じ、それが存在感となってライブを熱狂に導くひとつの要因となっているのです。
このブログでは何度も引用していますが、下記の動画をご覧ください。
[HD] Hatsune Miku: Live Concert - Cat food (English Subs)
腰を使いリズムを取るところがいくつもありますね。そして、よく見ると肩や上半身の表現力も細やかです。動き自体は静謐さを感じさせつつ、歌詞を現した印象的な振り付けで、最小で最大の効果を生み出しているといえるのではないでしょうか。
このような特徴は、この曲・このモーションに限ったものではなく、初音ミクダンスの顕著な傾向です。
ではなぜ初音ミクのダンスに腰を使ったダンスが生まれたのでしょうか。
その理由はひとまず、2つ考えられます。
- 初音ミクを賑やかにピョンピョン動かすには手間がかかる
- ライブで魅せるには、止まった身体を動いているように見せる必要がある
このことから、アイドルっぽい動きができない打開策として、胴体の動きが追究された、といえるのではないでしょうか。
これは、次のような初音ミクダンスの特徴へとつながります。
- 騒々しく動けないため、静と動を使い分けた動きが得意
- 絵画を描くような、作り込まれたダンスが可能になる
- 機械的・規則的な動きが得意(長所に活かせばダンスとしては武器になる)
これらのある意味制限的な条件があるからこそ、初音ミクのダンスは、ダンスの「型」となりうる理想的な動きを作り出すことになったーーそう言えるのではないでしょうか。
ラファエロの絵画が現実を抽象化して理想の聖母を描くように、初音ミクを通過することで、人間のダンスはひとつ抽象度の上がったダンス、「絵画的ダンス」になったと言えるのではないでしょうか。
《究極のアイドルダンス》
では、初音ミクのダンスが「究極の型」であるとして、それに近いダンスを踊るアイドルはいるのでしょうか。そして、その踊りは実際に良いものなのかーー。
人間には初音ミクダンスは不可能じゃないのか。そんな思いを胸に、探しに探して、ようやく見つけ出しました。日本ではまだほとんど知られていません。
初音ミクダンスの特徴を下記にまとめましたので、この視点でご覧になってください。
- 腰を使えている
- ピョンピョンバタバタ騒々しく動かず、落ち着きと表現力がある
- 絵画的な作り込みがある
- キレとキメが美しく、かつ軽やかで細い
- 機械的・規則的な動きが得意
- アイドルらしくカワイイ
このSandy & Mandyのダンスを見たときに、これこそアイドルダンスの究極系だと思いました。上手なだけでなく、何よりダンスらしいと感じますが、いかがですか?
足や手の振り幅も一定で非常に綺麗ですよね。無駄な動きがありませんし、余裕もあり、身体をコントロールするためのインナーマッスルが相当鍛えられていることを感じさせます。それに、天与のルックス、双子の美しいシンクロが稀有であることを考慮すると、このダンスは奇跡的なレベルではないでしょうか。
この子たちは台湾のアイドルで、向こうの国では大変な人気のようです。
踊っているのはKPOPが多いのですが、その理由にダンスの振付が本格的だからという理由があるでしょう。韓国でも活躍されている振付師「仲宗根梨乃」さんは、アメリカでダンスの修行をした日本人です。アメリカではグルーブにのってダンスをするので、腰は重要な要素でしょうから、リズム感を大切にしたダンスが韓国に移植されたと考えられます。
しかし、大人の女性が踊ると、どうも重々しくて、アイドルダンスらしからぬ雰囲気が出てしまいます。見比べてみてください。
Apink - Mr. Chu (dance practice) DVhd
これはこれで、セクシーで素敵だという反応があると思います。でも、「腰を使う」ダンスを「軽やかに」サンディたちが踊れるからこそ、究極のアイドルダンスが完成すると言えるのではないでしょうか。つまりアイドルダンスには軽やかな「少女性」が必要なのです。
この究極のアイドルダンスを日本で実現しているのは、何を隠そう初音ミクなのです。しかもミクは歳をとりません。永遠に少女であり、体力も無尽蔵で、演出の可能性も無限です。
次の動画はダンスと演出の可能性、ライブのあり方を面白いほど広げてくれそうな気がして興味深いです。
ニコニコ超パーティⅢ VOCALOID/UTAU MMDライブ
初音ミクが革命を起こしたのは、音楽に限りません。このダンスというジャンルにおいてもーーおそらく誰も気づかない静かな革命に終わるかもしれませんがーー、巨大な痕跡をすでに残しつつあるのです。
《まとめ》
初音ミクのダンスは、その技術的な制限を伴って生まれたものですが、かえってその機械的な特徴を活かして、ダンスの理想の形を作ることに成功しました。
重心が安定した、力みのない、動と静のバランスが絶妙に取れたダンスが誕生したのです。
これは、重力や筋力に制約された人間のモーションが、重力場から解放された「初音ミク」という場所を通過して、「無限の自由を獲得」してこそはじめて可能になったものです。
そういった意味で、初音ミクは、歌声の場合と同じように、我々人間の活動を、地上の制約から解き放ち、一つ上の抽象的・形相的な次元へと引き上げてくれるものと言っていいでしょう。
さて、このように大胆な主張をするときは、文献をもっと取り上げ、アイドルダンスの歴史を踏まえた上で言及すべきだったと思います。とはいえ、それはまた別の媒体、別の機会に譲ります。
初音ミクのダンスが、いかに理想的なアイドルダンスになっているか、そして海外の一流のダンスに匹敵しうるものとなっているか、それがいかに素晴らしいことなのか、感じていただければ幸いです。
最後に、日本のアイドルダンス業界に、もっと腰を使った本格的なダンスが増えてほしいと切に願います。今後の踊り手を育てるためにも必要不可欠です。その手本に、ミクさんのダンスは十分参考になるのではないでしょうか。