くもり空の形而上学

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『百姓の江戸時代』 田中圭一

 

 

百姓の江戸時代 (ちくま新書)

百姓の江戸時代 (ちくま新書)

 

 学会で相手にされなかった怨みがあるように感じた。

 文章が後半になるほど読みにくくなる。固有名がたくさん出てくるので、簡略化するよう工夫すべきところだったと思う。ナントカ村を村としたり、余計な装飾をはぶき、想像力で補うようにすればよかったのでは。他にも役銀などの専門用語が出てくるが、説明がないのでこれも読みづらさの一因になっている。きちんとした校正に出していなかったのか、あるいは編集でカバーしきれなかったのかと思う。はしがきがあるのにあとがきがないのも気になる。

江戸時代は武士の時代であり、身分制度が厳格で、百姓は重い年貢を課され苦しんでいたという常識を覆さんとする力作。もう15年も前の本なので、いまではこの本の見解の方が常識的なのかもしれないが、それなりに新鮮に読んだ。

 

メモ

書き出しは良い。タイを訪れた話から、工業と農業のバランスの話を描き、また対戦中の日本の話につなげて、武家の世の中では、圧政でみんな苦しんでいたかというとそうではないというストーリーを助走させている。

 

幕府が長続きしたのは、権力を振るうことなく時代の成り行きに任せたからである、というのは面白い。

 

享保の改革の時、検見性(けみせい)から定免性に替わった。これは不作の時もあるので、税収を一定にし、幕府の税を増やす目的だとかつては考えられていたが、実は、検見性がいかに政治腐敗を引き起こしているか百姓が訴え、それに対応する形で定免性が認められたというものにすぎない。

 

その後、今度は、定免性をやめると幕府が通告した時、国を挙げての反対一揆があった。これは、税収が検見性に戻って減ることを恐れたわけではなく、約束を一方的に破られたことに対する反対らしい。これはやや善意に解釈しすぎかなと思った。やはり税収が減るから定免性にしてくれと請願したと思うし、税種が増えるから強烈に団結して反対したのだと思う。

 

検知によって百姓は土地を所有することができた。永代売買は禁止されたが、期間付きで売買され、それが質に流れて実質的には無力な禁止令だった。このように、江戸時代の禁止令などは守られていないものが圧倒的に多い。ここからも、幕府の力を大きく見積もりすぎないように注意する必要がわかる。

 

 厳しい身分制が存在すると言われながら、庶民が武士になることも、武士が仕立て屋になることも簡単にできた。

 

村の中や村同士の対立は、村の中の掟を決める過程で解決&調整された。問題が解決不能な時に役所に訴え、それでもダメなら幕府に訴えるということをしていた。江戸時代の法律は、こうした百姓の動きの中から出てきたもの。幕府が明確な政治方針を持っていたわけではなかった。

 

水飲み百姓のようなイメージは部分的に正しくなく、初めから農業以外のことをやろうと考えてよその土地へ移動した百姓も多かった。そういう百姓が所有地を持っていなかっただけ。

 

開墾のイメージは、自分の家の近くの荒れ地をコツコツ耕すようなイメージだが、そういうものだけではなく、もっと大事業も多かった。

 

名主は制度上の上では幕府の支配の末端に位置する、しかし、17世紀の終わりには、この位置付けは相当揺らぎ、村の名主を決める際、長百姓と平百姓が争い、平百姓がなることもよくあった。この名主の変質こそ、社会の転換契機として注目すべき。 農民は豊かになり、力を持っていろいろ意見を言えるようになったということ。

 

かように生活者を中心として法律ができてきたのだから、山や海の資源を生活者のために保存するルールがたくさんできた。それが村の掟でそれにそぐわないと村八分になった。海は公共のもの、だからワカメを誰がとってもいい、という議論が出て、ワカメが枯渇したという話が昭和30年代の佐渡にあるらしい。エセ民主化論争として著者は大批判。それには共感する。

 

農民はあまった土地やあまった余力を商品作物の生産に割いたと思われがち。しかし、商品作物の生産を専門的かつ意識的に行っていた。最初から商品作物の生産があった。自給自足する百姓イメージとはズレる。

 

こうして、百姓は自らの力で時代を切り開くまでになっていた。

 

 感想

想像していたものと違ってやや期待はずれ。とはいえ常識をひっくり返そうとする意気込みは伝わり面白い。

ただ、その時の証拠にあげる事例に逆に突っ込みたくなることも。検見性をやめたのは増税するためという一般論に対して、やめて増税できるならなぜもっと早くやらなかったのか、と反論しているが、定免性だと数年間の石高を平均する必要があるため、すぐにできなかったとも考えられる。

このように、いくつか疑問を残したままあわただしく進んでいくので、頭に入りづらかった。また、各章の出だしもはっきりとした問題設定やストーリーがないので、散発的な話題が次々に出てくるようで、文脈を読む想像力が働きづらく、読みづらかった。これは勿体無く感じる。