くもり空の形而上学

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【読書感想】 『千の種のわたしへ』 さとうまきこ

児童書編集者にジョブチェンジをしたので、児童書をたくさん読んでいます。

児童書って、読みやすいですし、無駄な文章をそぎ落としているのでいいですね。

 

今回感想を書きつつご紹介したいのは、『千の種のわたしへ』(偕成社)です。

千の種のわたしへ 不思議な訪問者

千の種のわたしへ 不思議な訪問者

 

 

著者はさとうまきこさん。この著者の本は、『9月0日大冒険』を読んだことがあります。この『9月0日大冒険』は思い出の本で、小学校1年生か2年生の頃に、地元の図書館で本棚を見上げていたら、隣のお兄ちゃんが「これ?」と言って取ってくれた本でした。本当は違う本だったのですが、せっかく取ってくれた手前、言いづらくて『9月0日大冒険』を借りて読んでみました。

すごく面白くて夢中になって読んだのを鮮明に覚えています。恐竜の卵をかき混ぜて生で飲むところや、ぬるいとろっとしたエメラルドグリーンの水の池で泳ぐシーンなど、まるでその場にいるかのようで、とても興奮しました。

もう一度読みたいと思っていた本でしたが、タイトルを忘れて二度とめぐり合うことができず、わたしの中で伝説化した本でした。しかし、ネットの時代はすごいですね。少ない情報でも『9月0日大冒険』にたどり着くことができて、久方ぶりに読んでみたら、やはりとても面白く、さとうさんの他の本も気になって読んでみた、というわけです。

 

さて、今回の『千の種のわたしへ』の感想です。

あらすじをざっと紹介すると、不登校になった千種の元へ、クスノキの精霊がやってきます。精霊は、千種の元に5人の訪問者が来て、身の上話ををしてくれると告げます。最後の話を聞き終わった時に、千種は自分が変わることになるとクスノキは言います。それを信じて千種は訪問者を待ちます。訪問者との楽しい時間と、その時間が終わってしまう切なさが千種の胸に混ざりながら、千種は自分の心が少しずつ揺れ動き、感情が豊かになっていることに気づきます。そうして千種は再び動き出すことができる、そんな話です。

 

千種が不登校になる理由のたわいなさと、それを千種が自覚し、自分をダメな人間だと思い、そのダメさ加減に激しく焦燥感を覚えるさまがよくかけています。

また、反抗期ゆえのピリピリした感覚や、母親の言葉への感度などもよく表現されています。

ひとえに、この本の魅力はこの上記の点だけでも十分ではないかと思うのですが、言葉のワンフレーズが、人の心に残り、その人を動かす力になることを本書はよく描いています。

例えば、「道はどこまでもつづいているんだから」「思い出は永遠だ」「大切なのはおそれをすて、羽ばたくことだ」こういった言葉が千種の心に残り、力となります。

 

何気ない言葉が、その人の行動規範になる。よくあることだと思います。だからこそ言葉には力がある。本来、力がある言葉を届ける役割だったはずの千種の母親は、「表現力がない」と自身が言うように、反抗期の娘には届けることができないのだなと思いました。その役割を5人の使者が補うのです。

子供達に力ある言葉を届ける大切さがよく描かれていました。それは、大人の責任でもあり、作者が密かに伝えたかったことなのだろうと思いました。