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くもり空の形而上学

ジャパンカルチャーや茶道のこと、編集者の日常ことなど雑多に書きます

茶道の話 石洲流 29 備忘録 【長板 六段】

こんばんは。吹雪です。

今日は久しぶりのお稽古でした。

 

やつれの時期といい、風炉から炉への移行期だそうで、長細い水差しを使い、そのぶん風炉を水差しの方に近づけるそうですが、今回は復習もあっていつも通りの風炉でした。

やつれの時期だということもあってか、花入は宗全籠(そうぜんかご)でした。(前回も花はありませんでしたがこの籠でした。)

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これは江戸時代の茶人、久田宗全が好んだと言われる籠らしいです。女竹を使って、底は四角く、口は丸く編み上げ、四隅を底と口をつなぐように細い女竹をあて、それを藤蔓で荒く結び、口を真竹を回して藤で止めたもので、丸篠をふたつあわせた取っ手が付いているそうです。(上の写真の通り)

女竹(めだけ)って、山本まさひろ君の家の庭に生えていた細くて丈が短い竹のことか。

仙叟宗室が作らせた籠に、後から取っ手をつけたものとか。由緒があるぶん、格式が高いそうなので、長板のお点前にふさわしいそうです。

 

残花の季節によく合うとのことでした。花と草ひとつずつがお茶には多いと思うのですが、この花入にはそこそこ盛大に花を入れる場合もあるそうです。

確かに、晩秋の寂しい気持ちがする中、花をたくさん入れた宗全籠は季節にふさわしいでしょうね。名残を惜しみつつ、冬支度というか。

 

今回は長板ということで、全部で8段あるうちの、6段のお点前を教わりました。蓋置を長板に飾り付けておく手前で、一番簡単だそうです。

 

運び出しの前、準備の段階から、長板の上に蓋置を置いておく。蓋置を置く場所は、長板の角から4×4目のところ(そこに手前のとき蓋置を置く)とシンメトリーになるように。(左右対称ではなく、斜めに対称(?自信がない。確認しておく))

蓋置を取るタイミングは、普通に手前をやるときと一緒。

それ以降はいつもの手前と同じ。

終い手前のときは、蓋置は長板の上に置く。このタイミングは次の通り。

拝見の挨拶が終わり、柄杓と蓋置を建水のところに片付け、棗と茶杓を拝見に出した後で、蓋置を右手で取り、左手で受けて、右手のひらで一回撫でるようにして水気を取り、そのまま右手で長板の上におく。

 

今回は、呼吸を意識して手前を行った。呼吸の感覚・吸って吐くタイミングをひとつの区切りとしながら点前をした。それぞれの感覚の長さはいまいちつかみづらかったが、動作に緩急が出て、ひとつの動作を区切りやすく、やりやすかった。

呼吸を止めるのが大切とのこと。茶杓を茶碗に当てるときなどに呼吸を止めるらしい。

 

また、ふすまを閉めるときは、閉める直前で手の動きを止めて、衝撃の余韻を作り、音の幅を出していい音にするらしい。ドラムと同じですねというと、そうですとのこと。

実際にやってみると、ふすまが閉まる直前でぴたっと止まってしまい、ひとつも音を出さずに戸をぴったり閉めるというミラクルなことに。みんなで大笑い。

呼吸のことでは、呼吸を極めると、主客が一体となり、亭主の存在感が なくなるとのこと。道具も何も見えなくなる境地が大事とのこと。(思い違いかもしれないのでもっと詳しく聞く)

 

また、茶室全体に5行の考えがあり、陰と陽で構成されているとのこと。建水の方が陰。客席の方が陽。なるほど。

 

掛け軸は「清風払明月」でした。

この禅語、いまいち意味が飲み込めなかったのですが、単にチリを払うというような意味で、清い風が明月を清めるている様を見れば良いのだと思いました。払うというと箒で追い立てるような感じがありますが、そうではなく、釜の蓋を清めるような感じなのでしょう。静謐さが楽しめる、秋のお茶にふさわしいお軸ですね。

 

お菓子は、大阪の高山堂のきんつばでした。

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とっても美味しかったです。

 

ではお休みなさい。吹雪でした。