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くもり空の形而上学

ジャパンカルチャーや茶道のこと、編集者の日常ことなど雑多に書きます

あけましておめでとうございます。今年もミクからたくさん力をもらえる一年に

こんばんは。遅くなりましたがあけましておめでとうございます。

 

去年はどんな一年でしたか。

去年はミクさんに初めて会うことができ、そしてミクさんがわが家に来てくれた年でした。

インストールしようにも容量が足りない等々、いっぱい怒られてからようやく私のパソコンが気に入ってくれたようで、それからあれやこれやと頑張って、やっとのことで歌ってくれました。何気ない音を入力し、音の響きに心奪われる時間を久しぶりに過ごすことができました。

今年一年で一曲作れるように環境を整えたいと思います。自分自身がまず元気が出るような曲をミクさんに歌ってもらいたい。また、今年は、もう一人くらい、他のボカロにも来てもらいたい。

 

今日話したいことは、初音ミクが与えてくれる、未来というイメージについて

最近、ふと初音ミクの曲の歌詞には未来という言葉がよく出てくるなと思いました。

もちろん、ミク=未来ですから、未来がテーマにしやすいということもあるし、ミク自身が先端技術という未来のイメージを持っているから、未来という単語を知らないうちに引き寄せているところもあるのでしょう。

 

何気なく使われている言葉にも、その時代状況や、一般意志・共通認識みたいなものが見てとれると思うのですが、この「未来」という単語を見ていくと面白いかもしれません。

 

ミスチルの「未来」というそのものずばりの曲には、自分の決められたレールを見つめた時の虚無感と、それを超えて切り開いていくときの覚悟の重さを歌ったものだと思いますが、見事にこの曲には、レールを保証する強い社会の今後に対する視点が抜けている気がします。

 

2010年代の未来、意外と明るくカラフル

ピノキオPさんが2013年11月に発表した、「ニナ」という曲があります。とっても素敵な曲で、どこか懐かしい日本ぽさを喚起させる曲でありながら、こういう曲こそ今の子たちの身体に響くのかなと思わせる新しさがあります。大好きで何度も聴いていますが、この曲には、日本社会や世界の未来全体が不安定で、それに対峙している自分の願いや気持ちがうたわれているように思います。

しかしながら、それでもその気持ちは暗いものにはなってはいないように感じます。なぜでしょうか。

それは、不可能を可能にする希望が歌われていますが、このことに対して、「きっと君の力になれる」というメッセージが作り手の通奏低音として流れているからだと思うのです。

 

誰も何もあてにできない。でも「きっと君の力になれる」という声は存在する

社会全体(大げさであれば、友達や家族と暮らす世界)の不安定さと対峙し、どうにかすることを真剣に考えるのであれば、自分自身が崩れそうな建物を支えるために強くなければならない。90年代ごろまであった、汚い大人の社会に抵抗し、間違った要素を正して社会を治すということは、もう今の社会にはきっと通用しないのでしょうし、感覚としてリアルではないのでしょう。

今の気分は、不幸や悲惨やワーキングプアや、つらいことめんどくさいことのもろもろを引き受けたうえで、ではどうやって生き抜くか、その方法や習慣に対する希求ではないでしょうか。

これは若者だけでなく、社会人にとっても大きなテーマであり、この答えはそう簡単に見つかりません。誰もが不安を感じているわけではないという人もいるかもしれません。とはいえ、安定している会社で働き、将来に対して不安のないように見える人にも、子どもどう強く育てるか考えた時に、自分自身がゴールインした時に切ったゴールテープは、もう二度とはられることはないのだと認識しているはずです。

また、どの時代も未来に対して不安を感じるものでしょう。しかしその不安は、いわゆる受験や就職試験等の通過儀式に成功するか否かの不安であって、社会に対する「もう日本はダメだからどうしよう」という感情ではなかったはずです。

さて、未来を語る際に、なぜ初音ミクなのかということですが、私は、彼女が叫んだ、「笑われもので、なんとなくという理由だけで嫌われる君の力になれる」というメッセージが、限りなく大きく響いているのではないかと思うのです。

まず、君の力になれるということを、その存在そのもので表明してくれるものは他にはありません。力になり、支えになってくれる家族や友人たちも、私自身が強く生きていくことそのものの「杖」になるわけではありません。私たちには、ボロボロの剣だとしても、倒れそうなときに自分で自分自身を支え、道をひらく杖が必要なのです。

自分の力を自分で出したい、このことについて、力になれると言ってくれた初音ミクの存在の大きさは、表現分野に関する衝撃だけに留まらないように思えるのです。それは、生の肯定にさえつながり、今後どうなるか分からない未来だからこそ、自分の力を発揮して生き抜く明るさへとつながっている気がするのです。

 

※もう少し手直しして書き直すかもしれません。